ひさの乗り鉄ブログ

青春18きっぷの話題をはじめ、観光列車や風光明媚な路線の乗車記などを思うままに綴っていく乗り鉄ブログです。

汽車旅と北海道、20年の思い出を振り返ってみる


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乗り鉄を初めてから20年以上になりますが、関東在住の筆者としては、北海道への旅行は特別です。乗り鉄を初めたのも、北海道の鉄道にたくさん乗ってみたいからでした。そんな北海道への乗り鉄を振り返ってみます。

北海道への往路・復路も楽しみな時間

北海道への旅行が特別な理由のひとつが、北海道までの距離です。東京から札幌までは1,000km以上。海を隔てた別の島であることや、本州とは景色が根本的に違うことなど、「別の場所」へ来たのだという思いがするのですね。

さらに、北海道への交通手段も楽しみの一つ。東京からなら、普通は飛行機を選択する距離ですが、それでは味気ない。ということで、鉄道はもちろん、フェリーもよく利用しました。

新幹線と在来線を乗り継いで北海道へ

乗り鉄を始めたころ、東北新幹線は盛岡までしか開通していませんでした。それで、特急や快速を乗り継いで、北海道まで行ったことをよく覚えています。

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東京から盛岡までは東北新幹線「やまびこ」、盛岡から青森まで特急「はつかり」、青森から函館は快速「海峡」、函館から札幌は特急「北斗」と、4つの列車を乗り継いで、丸一日かけて、東京から札幌へ移動したのでした。当時のダイヤは、この4つの列車が絶妙な乗り継ぎになっていたので、ほとんど乗りっぱなし。それでも、客車列車で青函トンネルを抜け、気動車特急で駒ケ岳や噴火湾を眺めながら旅をするのは、至高の時間でした。

帰路は夜行列車で

北海道からの帰路には、寝台特急「北斗星」を利用することが多かったです。

帰路に利用したのは、「ぐるり北海道フリーきっぷ」というフリーきっぷをよく使っていたためです。東京~北海道の往復(新幹線・特急の指定席か北斗星B寝台が利用可能)+北海道内の特急乗り放題で、5日間3万円~4万円台と、破格のきっぷでした。

このきっぷには、5日目に夜行列車で帰京する場合には、翌日下車するまで有効という特例がありました。そのため、5日目の夕方や夜に北海道で北斗星に乗り、翌日(6日目)の朝に上野に到着する行程にすると、フリーきっぷの期限をめいっぱい使うことができたのです。

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それはともかく、北斗星を利用するときはB寝台ばかりでした。食堂車での豪華ディナーもスルーして、夜9時からの「パブタイム」で、お酒とおつまみや軽い食事を取ることが多かったです。それでも、函館の夜景を眺めながらの食事は、いま思えばとても貴重な経験でした。なにしろ、日本では、そんな経験はもうできないわけですから。

フェリーで北海道へ

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夕暮れの苫小牧港をフェリーで出航!(2004年8月)

時間に余裕があるときは、フェリーを使うこともありました。時間はかかりますが、飛行機や鉄道に比べると安いのですよね。仙台→苫小牧の太平洋フェリーや、苫小牧→大洗(茨城県)の商船三井フェリーをよく利用しました。

フェリーの醍醐味は、なんと言っても、ゆったりとした船内でのんびりと過ごせることです。レストランで食事をしたり、ロビーで本を読んだり、甲板に出て夜の海と満点の星空を眺めたり。

本州~北海道の夜行列車はなくなってしまいましたが、フェリーは健在です。今は、短い休暇で旅行するため、フェリーを使うことは難しいですが、時間が取れるようになったら、またフェリーで渡道してみたいですね。

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北海道新幹線で北海道へ

そして2016年、青函トンネルが開通してから28年もの年月を経て、ようやく青函トンネルに新幹線が通るようになりました。

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北海道新幹線のH5系電車(2016年11月@新青森駅)

北海道新幹線が開業した年の秋に、北海道新幹線に乗って、函館と大沼公園へ旅行に行きました。東京~函館といえば、北斗星で一晩かけて走る距離です。その距離を、北海道新幹線はわずか4時間で走破。時代は変わったものです。

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はこだてライナーに乗り換えて函館へ

ただ、函館駅まで新幹線が直通しないのは残念ですね。終点の新函館北斗駅から、はこだてライナーという列車に乗り換えて、函館へ向かいます。

北海道新幹線は、2030年度に札幌まで延伸予定。札幌まで開業すれば、本州~北海道の移動がもっと変わるのでしょうね。

今はなき道内完結の夜行列車

私が北海道をよく旅行していた頃には、北海道内で完結する夜行列車が毎日運転されていました。

札幌を起点に、稚内へは急行「利尻」、網走へは特急「オホーツク」、釧路へは特急「北斗」(「まりも」)、それに、函館へは快速「ミッドナイト」が運転されていました。いくつかの夜行列車には、気動車の間に14系客車寝台を挟んで運転されていました。今思えば、なかなかスゴイことをしていたものです。

これらの列車は、2010年ごろまでの間に次々と廃止。現在、北海道では夜行列車は1本も走っていません。

夜行急行「利尻」で稚内へ

北海道内の夜行列車で、一番思い出に残っているのは、学生時代に冬の北海道を訪れたときに乗車した急行「利尻」です。ちょっとだけ、昔(もう20年くらい前!)の旅行記を振り返ってみます。

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稚内に到着した急行利尻(1999年3月)

3月上旬の札幌駅。3月とはいえ、まだ真冬の札幌は凍てつくような寒さです。22時04分、稚内行きの急行利尻は定刻通りに発車。指定席、自由席、B寝台を連結していますが、このときに利用していた「ぐるり北海道フリーきっぷ」では(北斗星以外の)B寝台に乗車できないため、指定席に乗車。

指定席・自由席はほぼ満席でしたが、旭川までの間にだいぶ空席が目立つようになりました。旭川には0時01分に到着。旭川までの終電の役割も果たしているようです。

旭川で30分ほど停車したあと、宗谷本線へ入って、一路北へ。ここから乗車する乗客はほとんどいないのか、車掌から空いている好きな席を使ってよいと言われ、空席の2席に横になって就寝。

座席夜行でしたが、横になれたことでかなりよく眠れ、目が覚めたのは朝5時半過ぎ。あわてて身支度を整えていると、午前6時ちょうどに、終着の稚内に到着したのでした。

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稚内からバスで40分、日本最北端の宗谷岬

宗谷岬までの路線バスの時間まで、暖房がよく効いた駅の待合室で過ごしました。ちなみに、宗谷岬は、ものすごく風が強く、死ぬほど寒かったのを覚えています。5分も外にいられないくらいの寒さでした。

このあとは、急行サロベツで旭川へ戻り、オホーツク5号で北見へ。北見のビジネスホテルに泊まり、翌朝、いまはなき三セク「ちほく高原鉄道」の快速銀河という列車(といっても単行気動車ですが)で帯広へ向かったのでした。

そのときの旅行記を、以下の記事で公開しています。ぜひご覧ください。

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消えていった・消えつつある列車たち

この20年くらいの間に、北海道からは多くの路線や列車が消えていきました。乗車したことのある路線や列車が消えていくのは寂しいものです。思い出に残っている列車たちを振り返ってみます。

本州~北海道夜行列車

鉄道旅行好きにとって、一番大きな出来事は、北海道新幹線の開業と同時に、本州~北海道を結ぶ夜行列車が全て廃止されてしまったことでしょう。

何度も乗車した寝台特急「北斗星」、寝台特急「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」、急行「はまなす」などなど。

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札幌まで直通する列車がなくなってしまったことで、道南以外の地域へ、本州から鉄道で行くことは難しくなってしまいました。北海道新幹線+特急「スーパー北斗」のほうが圧倒的に速いのですが、夜、寝ている間に移動し、翌朝に札幌に到着するという夜行列車のメリットを改めて感じたのでした。

線路はつながっているのだから、北海道新幹線札幌延伸まで残しておけばよかったのになぁ…。

北海道周遊の旅には便利だった「ちほく高原鉄道 ふるさと銀河線」

「利尻」のところでも少し触れましたが、北見~池田間に、第三セクター「ちほく高原鉄道」の「ふるさと銀河線」という路線がありました。元は国鉄・JR北海道の池北線(ちほくせん)でしたが、1989年に三セク化。2006年に廃止となってしまいました。

石北本線と根室本線の主要駅を結ぶ路線だったため、北海道を鉄道で周遊するにはとても便利な路線でした。沿線には小さな集落が点在していましたが、廃止直前の輸送密度は200人/日程度。140kmもの長大路線で、路線を維持する費用も馬鹿にならなかったのか、あえなく廃止となってしまったのでした。

災害で運休→廃止の危機! 根室本線(富良野~新得)

根室本線の途中区間、富良野~新得は、現在、JR北海道の「単独で維持困難な線区」にリストアップされ、その中でも廃止・バス転換の可能性が高い路線です。

この区間は普通列車ばかりで、1日に6往復くらいしか運転されていません。それでも、無理やり旅程を調整して何度か乗車したのは、車窓が素晴らしいからです。

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北海道らしい雄大な風景が続きます(2005年8月 落合~新得)

落合~新得間にある狩勝峠(かりかちとうげ)は、日本でも有数の絶景を誇る峠です。旧石狩国と旧十勝国の間にあることから、一文字ずつとって、狩勝峠と名付けられたそうです。

狩勝峠を通る区間は、「日本三大車窓」の一つに選ばれるほど、列車からの車窓が美しい区間でした。現在の路線は、昭和41年に付け替えられたもので、狩勝峠からはだいぶ南側に移ってしまいましたが、それでも北海道らしい雄大な車窓を眺めることができます。

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落合~新得間の車窓、十勝平野を見下ろす雄大な風景

特に、落合から新得へ向かって下っていくときに、車窓の左側に十勝平野が広がって見える光景は素晴らしいです。トンネルのなかで合流する石勝線の特急「スーパーおおぞら」からでも眺めることができますが、個人的には落合から下って来るときに見える景色が大好きでした。

現在、東鹿越~新得間は災害のために運休で、復旧工事も行われていません。このままいくと、復旧されないまま廃止されてしまうでしょう。


以上、「汽車旅と北海道、20年の思い出を振り返ってみる」と題して、北海道への汽車旅の思い出を振り返ってみました。初めて北海道を訪れたのが1998年。国鉄民営化から10年余りのことで、まだ国鉄時代からの列車がたくさん残っていました。その後の20年で、多くの列車が消えていってしまいました。それでも、北海道の雄大な自然を車窓に望む汽車旅は健在です。これからも、何度でも旅をしてみたいですね。