国交省で、経営が危ぶまれている地方鉄道のあり方に関する検討会が始まりました。廃止・バス転換も視野に、ローカル線の抜本的な見直しも議論するとしています。コロナ禍でほとんどの鉄道会社が赤字に転落した中、ローカル線の廃止は免れないのでしょうか?
国交省で「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」を開始
国交省で、「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」の初会合が開催されました。
この検討会では、少子高齢化に加えて、昨今のコロナ禍で急速に利用が減少しているローカル鉄道について、鉄道事業者と沿線地域が危機認識を共有し、地域モビリティを刷新する政策のあり方を議論するとしています。
今年の夏ごろまでに議論結果をまとめ、バス転換等に必要な支援の関連予算を2023年度予算に盛り込む予定とのことです。
令和の「特定地方交通線」の目安は輸送密度2000人/日以下?
検討会の様子は非公開で、後ほど資料や議事概要が国交省のホームページに公開される予定になっていますが、断片的ながら、各社が議論の様子を報道しています。
NHKの報道では、以下のような意見が出されたとあります。
「単に『鉄道を残す』ということではなく、地域の利便性を高めることが重要だ」
「1キロあたりの1日の乗客が2000人未満の路線もあり、このままの形で鉄道を維持することは非常に難しい」
断片的な情報に過ぎないですが、鉄道ありきの検討ではなく、「地域モビリティ」としてどのような形が望ましいかの議論になるのだろうと想像できます。
そして、「1キロあたりの1日の乗客が2000人未満の路線」という具体的な数値も出てきています。夏ごろとされているまとめに、目安としてこのような数値が記載されるのかが気になるところです。というのも、線区毎の輸送密度で鉄道の廃止や存続を決めた前例があるからです。国鉄末期の赤字路線を廃止する際に、輸送密度の基準として、2,000人/日や4,000人/日で線引きをして「特定地方交通線」が選ばれました。今回の検討会の結果、令和の「特定地方交通線」が指定されることになるのでしょうか?
ところで、輸送密度2,000人/日というのが、鉄道会社の収支にとってどのくらいの数値なのかを見てみましょう。
線区別収支を公開しているJR北海道とJR四国の例を参考にします。データはコロナ禍前のものです。具体的には、以下の資料から抜粋しています。
営業係数が100前後、つまり、収支が黒字・赤字の境界付近にある線区と、輸送密度2,000人/日前後の線区をピックアップしてみます。(営業係数は100円の営業収益を得るために必要な営業経費の指数、管理費込み)
【営業係数100前後の線区】
線区 | 輸送密度 | 営業係数 |
---|---|---|
札幌圏 ※1 | 39,692 | 105 |
本四備讃線 児島~宇多津 | 24,583 | 84 |
予讃線 多度津~観音寺 | 9,609 | 106 |
予讃線 高松~多度津 | 24,769 | 115 |
※1: 桑園~札幌医療大学、札幌~岩見沢、白石~苫小牧、小樽~札幌の4線区の合計、輸送密度は営業キロを勘案して算出
【輸送密度2,000人/日前後の線区】
線区 | 輸送密度 | 営業係数 |
---|---|---|
富良野線 | 1,419 | 372 |
根室線 帯広~釧路 | 1,450 | 366 |
石勝・根室線 南千歳~帯広 | 3,246 | 177 |
函館線 函館~長万部 | 3,397 | 202 |
鳴門線 | 1,917 | 320 |
土讃線 琴平~高知 | 2,928 | 175 |
線区毎に事情が異なるので、単純に比較することはできませんが、黒字化するためには、少なくとも1万人/日以上の輸送密度が必要であることがわかります。
一方で、輸送密度2,000人/日程度では、黒字化にはほど遠いこともわかります。国鉄時代に比べると、ワンマン化や駅の廃止・無人化などにより、かなり合理化は進んでいるはずですが、それでも輸送密度2,000人/日では、民間企業として維持していくのは厳しいと言わざるを得ません。
JR東日本で輸送密度が2,000人/日以下の線区
輸送密度2,000人/日では間違いなく赤字なのですが、それでは、そのような線区はどのくらいあるのでしょうか? JR東日本の「路線別ご利用状況」のデータから、この中の影響を本格的に受ける前の2019年度と、コロナ禍の影響をもろに受けた2020年度の輸送密度が2,000人/日以下の線区を抜粋してみました。
路線 | 線区 | 2019年度 | 2020年度 |
---|---|---|---|
中央本線 | 辰野~塩尻 | 547 | 362 |
常磐線 | いわき~原ノ町 | - | 1,286 |
外房線 | 勝浦~安房鴨川 | 1,543 | 1,017 |
内房線 | 館山~安房鴨川 | 1,596 | 1,245 |
仙山線 | 愛子~羽前千歳 | 3,347 | 1,917 |
八高線 | 高麗川~倉賀野 | 2,994 | 1,672 |
越後線 | 柏崎~吉田 | 719 | 618 |
上越線 | 水上~越後湯沢 | 1,010 | 687 |
越後湯沢~六日町 | 2,879 | 1,610 | |
越後湯沢~ガーラ湯沢 | 618 | 414 | |
左沢線 | 寒河江~左沢 | 875 | 742 |
奥羽本線 | 新庄~湯沢 | 416 | 212 |
東能代~大館 | 1,485 | 1,012 | |
大館~弘前 | 1,165 | 701 | |
大糸線 | 信濃大町~白馬 | 762 | 511 |
白馬~南小谷 | 215 | 126 | |
弥彦線 | 弥彦~吉田 | 521 | 395 |
男鹿線 | 追分~男鹿 | 1,781 | 1,543 |
吾妻線 | 渋川~長野原草津口 | 2,803 | 1,891 |
長野原草津口~大前 | 320 | 236 | |
羽越本線 | 新津~新発田 | 1,300 | 1,148 |
村上~鶴岡 | 1,695 | 697 | |
鶴岡~酒田 | 2,109 | 1,245 | |
酒田~羽後本荘 | 977 | 645 | |
羽後本荘~秋田 | 2,339 | 1,769 | |
水郡線 | 常陸大宮~常陸大子 | 830 | 608 |
常陸大子~磐城塙 | 152 | 109 | |
磐城塙~安積永盛 | 952 | 796 | |
烏山線 | 宝積寺~烏山 | 1,430 | 1,148 |
磐越西線 | 郡山~会津若松 | 2,904 | 1,638 |
会津若松~喜多方 | 1,790 | 1,509 | |
喜多方~野沢 | 534 | 429 | |
野沢~津川 | 124 | 69 | |
津川~五泉 | 528 | 408 | |
磐越東線 | いわき~小野新町 | 273 | 196 |
小野新町~郡山 | 2,242 | 1,835 | |
石巻線 | 小牛田~女川 | 1,193 | 953 |
鹿島線 | 香取~ 鹿島サッカースタジアム | 1,207 | 952 |
小海線 | 小淵沢~小海 | 450 | 283 |
小海~中込 | 1,164 | 978 | |
久留里線 | 木更津~久留里 | 1,425 | 1,023 |
久留里~上総亀山 | 85 | 62 | |
八戸線 | 八戸~鮫 | 2,640 | 2,015 |
鮫~久慈 | 454 | 333 | |
陸羽東線 | 古川~鳴子温泉 | 949 | 666 |
鳴子温泉~最上 | 79 | 41 | |
最上~新庄 | 343 | 289 | |
大船渡線 | 一ノ関~気仙沼 | 754 | 514 |
飯山線 | 豊野~飯山 | 1,696 | 1,444 |
飯山~戸狩野沢温泉 | 503 | 416 | |
戸狩野沢温泉~津南 | 106 | 77 | |
津南~越後川口 | 405 | 359 | |
釜石線 | 花巻~遠野 | 897 | 575 |
遠野~釜石 | 583 | 328 | |
五能線 | 東能代~能代 | 975 | 761 |
能代~深浦 | 309 | 177 | |
深浦~五所川原 | 548 | 383 | |
五所川原~川部 | 1,507 | 1,202 | |
津軽線 | 青森~中小国 | 720 | 604 |
中小国~三厩 | 107 | 107 | |
花輪線 | 好摩~荒屋新町 | 418 | 334 |
荒屋新町~鹿角花輪 | 78 | 60 | |
鹿角花輪~大館 | 537 | 524 | |
米坂線 | 米沢~今泉 | 776 | 641 |
今泉~小国 | 298 | 248 | |
小国~坂町 | 169 | 121 | |
大湊線 | 野辺地~大湊 | 533 | 288 |
只見線 | 会津若松~会津坂下 | 1,122 | 1,009 |
会津坂下~会津川口 | 179 | 141 | |
会津川口~只見 | 27 | 15 | |
只見~小出 | 101 | 82 | |
北上線 | 北上~ほっとゆだ | 435 | 327 |
ほっとゆだ~横手 | 132 | 72 | |
気仙沼線 | 前谷地~柳津 | 232 | 189 |
陸羽西線 | 新庄~余目 | 343 | 163 |
山田線 | 盛岡~上米内 | 358 | 236 |
上米内~宮古 | 154 | 80 |
(出典)
単純に輸送密度の数値だけで抜き出したので、これらの線区がすべて廃止の候補というわけではありません。それでも、JR東日本のエリア内でも、こんなに輸送密度2,000人/日を下回る線区があるのです。
JR北海道が路線の廃止や、鉄道存続のために国や自治体への支援を求めているのは、JR北海道の経営が危機的な状況であるからであって、JR北海道の路線だけが特別に乗客が少ないからではありません。JR東日本のデータを見ると、そのことがよくわかります。
ざっと見てみると、東北地方は、本線(東北本線、奥羽本線、羽越本線)以外は壊滅的な状況です。いわゆる「肋骨線」と呼ばれる、東北地方を東西に走る路線はほとんど含まれています。磐越西線の郡山~会津若松や、仙山線の愛子~羽前千歳も2,000人/日以下なのは驚きです。
本州3社のローカル線大量廃止が始まるか?
災害を契機として廃止となった岩泉線など、一部の例外はあるものの、JR東日本は、国鉄分割民営化以降、30年以上に渡って、これらの赤字路線を維持していきました。これが可能だったのも、都市部の通勤路線や新幹線で利益を上げ、その利益で地方のローカル線の赤字を補填することができていたためです。
ところが、コロナ禍でその状況が一変しました。
年度 | 売上高 | 営業損益 |
---|---|---|
2018年度 | 21,133億円 | 3,918億円 |
2019年度 | 20,610億円 | 2,940億円 |
2020年度 | 11,720億円 | ▲5,080億円 |
JR東日本(単体)の売上高と営業損益の推移です。コロナ前の2018年度は4,000億円近い営業利益がありましたが、コロナ禍の2020年度には5,080億円もの営業損失となっています。コロナ禍はいずれ終息すると考えられますが、テレワークやWeb会議の普及によって、鉄道需要は元に戻ることはない見込みです。
これは、都市圏・新幹線の黒字で、地方の赤字を補うというビジネスモデルが崩壊するということを意味しています。
一方で、鉄道事業は、いわゆる設備産業的なコスト構造になっていて、需要が減ったからといって、柔軟にコストを削減できるような仕組みになっていません。列車の本数を減らせば、それに比例してコストも減りそうに思いますが、そうなっていないのです。コストの大部分を占める固定費には、車両や線路、駅などの設備の維持費、人件費などが占めていますが、一時的な減便では、この固定費はほとんど減らすことができません。
今後、JR東日本をはじめ、これまで黒字を維持してきた本州3社やJR九州は、この固定費に大胆にメスを入れることになると思います。その中で、コスト削減効果が高いのが、赤字ローカル線の廃止というわけです。
赤字ローカル線、最後は廃止・バス転換か自治体負担かの2択
JR北海道が経営立て直しのために「単独で維持困難な線区」として、同社の路線長の半分以上の線区をあげたことに驚きましたが、同じことが本州3社の路線でも起こるのだと思います。
実際、JR西日本は、大糸線(糸魚川~南小谷)について、「未来に資する持続可能な路線としての方策」について議論を行うことを発表しています。

これは、まさにJR北海道が「単独で維持困難な線区」について、自治体と協議をしていることを、JR西日本も始めるということです。
このような検討会が、おそらくあちこちの路線で開始されるものと思われます。
一応、建前としては、「利用促進策」や「持続可能な路線」について議論するとはなっていますが、これまでのJR北海道の「単独で維持困難な線区」の議論状況とその結末を見ると、自治体が鉄道を維持するコストを負担するか、廃止・バス転換するかの2択しかありません。
鉄道を維持するには、莫大なコストがかかります。前述のNHKの報道に、国交省が試算した鉄道と乗り合いバスの1kmあたりの営業費用が出ています。
- 鉄道(JR、私鉄含む): 4,701円/km
- 乗り合いバス: 491円/km
(出典)存続危機の地方鉄道 廃線など見直し視野に議論開始 国の検討会(NHKニュース 2022年2月14日)
実に10倍もの開きがあります。いかに鉄道を維持するのにコストがかかるかがわかると思います。沿線自治体が、この莫大なコストを負担してまで鉄道を維持する意思があるかが問われます。
いわゆる「赤字ローカル線」の沿線自治体は、人口が少ない地域が多いですので、鉄道を維持するコストを負担できない自治体が多いのも事実です。実際、北海道新幹線の札幌延伸時に並行在来線となる函館本線の長万部~小樽のうち、約8割にあたる長万部~余市間(120.3km)は、沿線自治体が廃止・バス転換を決めました。
上記の報道にもありますが、並行在来線として分離後、バス転換すれば30年間の累積赤字が70億円ですが、鉄道のまま維持すれば865億円と試算しています。
沿線の9市町の人口は、2030年には13万9,000人になるとのことですが、鉄道のまま維持しようとすると、一人当たりの負担額は2万円/年にもなります。これは赤字の穴埋めですから、これ以外に、鉄道を利用すれば運賃を支払う必要があるわけです。人口減、少子高齢化で自治体の財政が厳しくなる中、鉄道をあきらめざるを得ないと判断する自治体が多いの無理はありません。
令和の「特定地方交通線」、今夏以降にJRと自治体との協議開始か?
「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」は、今年の夏までに取りまとめをすることになっています。したがって、夏以降、JR各社は、これまでJR北海道がやってきたように、対象の線区を指定して、自治体に協議を呼びかけることになると思われます。
あるいは、JR西日本が大糸線で始めたように、検討会の結論を待たずに、協議を始めるところも出てくるかもしれません。
コロナ禍で10年は早まったと思われる赤字ローカル線の存廃議論。いったい、どれくらいの路線や線区が対象になるのか、今後の推移を見守っていきたいと思います。
以上、「国交省でローカル鉄道のあり方に関する検討会が開始! ローカル線の抜本見直しは必至!」でした。令和の「特定地方交通線」、10年後にはどのくらいの路線が残っているのでしょうか。
関連記事
JR北海道の「単独で維持困難な線区」の一つ、根室本線の富良野~新得間の廃止・バス転換が事実上決まったという記事です。本記事で取り上げた函館本線(山線)の廃止もほぼ既定路線。北海道にはどれくらいの鉄路が残るのでしょうか。

コメント