JR東日本は、2020年春の常磐線全線運転再開にあわせて、新たに常磐線の15駅でSuicaを利用できるようにすると発表しました。これに合わせて、東京近郊区間、仙台近郊区間も拡大されます。ただし、首都圏エリア、仙台エリアをまたいでのSuicaの利用はできません。自社内でのSuicaエリアまたぎができない状況では、JR東海などJR他社とのエリアまたぎの利用はまだまだ先になりそうです。
2020年春、常磐線15駅へSuicaエリアを拡大へ
JR東日本は、2020年春、常磐線の全線運転再開にあわせて、常磐線の15駅で新たにSuicaを利用できるようにすると発表しました。
これによると、新たにSuicaエリアに加わる常磐線の15駅は以下の通りです。
対象エリア | 対象駅 |
---|---|
首都圏エリア | 草野、四ツ倉、久ノ浜、末続、広野、Jヴィレッジ、木戸、竜田、富岡、夜ノ森、大野、双葉、浪江 |
仙台エリア | 磐城太田、小高 |
具体的には下図のようになります。
浪江駅以南が首都圏エリア、小高駅以北が仙台エリアとなります。
JR東日本内でもSuicaエリアをまたがった利用は不可!
上記のニュースリリースにも明記されていますが、JR東日本では、Suicaを利用できるのは、乗車する経路が各Suicaエリア内で完結する場合のみとしています。
JR東日本のSuicaエリアは、以下のとおり3つに分かれています。
- 首都圏エリア
- 仙台エリア
- 新潟エリア
これまではSuicaエリア同士がかなり離れており、Suicaエリアをまたぐ利用のニーズが少なかった可能性があります。
ところが、今回の常磐線のSuicaエリア拡大で、Suicaエリアをまたがって利用できないルールに問題が出てきそうです。
上記の常磐線Suicaエリアの図を見ると、今回、Suicaエリアに含まれなかった桃内駅を挟んで、一つ南側の浪江駅が首都圏エリア、一つ北側の小高駅が仙台エリアとなります。つまり、浪江駅~小高駅というたった二駅間の利用であったとしても、Suicaエリアをまたいでしまうため、Suicaを利用することはできないのです。
現実的には、浪江~原ノ町や、いわき~原ノ町といった福島県内の移動のニーズはそれなりにありそうですので、Suicaエリアをまたげない仕様のために不便を強いられるということがでてきそうです。
大都市近郊区間が拡大! 東京近郊区間は500km超へ!
もう一つ、重要な変更があります。Suicaエリア拡大に伴って、大都市近郊区間が拡大されるという点です。
JR東日本では、Suicaエリアと大都市近郊区間をあわせていますので、Suicaエリアの拡大に伴って、大都市近郊区間も拡大されるのです。
大都市近郊区間も複数のエリアがありますが、今回は、東京近郊区間と仙台近郊区間が拡大されます。
大都市近郊区間とは何でしょうか? 具体的には、運賃計算やきっぷの取り扱いに特別なルールが課されるエリアです。
- 大都市近郊区間内で完結する普通乗車券(回数券含む)で利用する場合は、実際に乗車した経路にかかわらず、最も安くなる経路で計算した運賃が適用される
- 大都市近郊区間内で完結する普通乗車券は、乗車する距離にかかわらず、有効期間は当日のみとなり、途中下車もできない
今回、浪江駅までが東京近郊区間になると、松本~浪江間(約510km)など、500kmを超える区間も東京近郊区間となり、途中下車ができなくなります。
実際に乗車した経路にかかわらず最も安い運賃が適用されたり、Suicaで乗り降りができるメリットがある反面、途中下車ができなくなることによって、きっぷを分割する必要が出てくる(分割によって運賃が高くなることもある)というデメリットもあります。
交通系ICカードでのエリアまたぎのハードルはとても高い
今回の常磐線のSuicaエリアまたぎの問題以前に、すでに交通系ICカードのエリアが近接しているのに利用できない区間があります。
東海道本線 熱海~函南間は隣接駅でも利用できず
問題の区間は、東海道本線の熱海駅~函南駅間です。
熱海駅はJR東日本のSuicaの首都圏エリア、函南駅はJR東海のTOICAエリアです。両駅は隣接駅。間に丹那トンネルがあり、駅間距離は9.9kmと長いですが、同じ静岡県内。三島~熱海や沼津~熱海といった移動でもTOICAやSuicaを利用できません。
エリアまたぎ利用不可の原因は運賃計算
Suicaなどの交通系ICカードでは、
- 乗車駅での入場時(改札通過時)に乗車駅を記録
- 下車駅での出場時(改札通過時)に乗車駅~下車駅間で最も安くなる経路での運賃を計算し、ICカード残額から運賃を引き去る
という処理をします。
この処理を、自動改札にタッチした一瞬に実行するわけです。
交通系ICカードで乗車・下車できる駅が多くなると、当然のことながら、計算時間も増加します。
交通系ICカードのシステムで実際にどのような計算アルゴリズムが利用されているかはわかりませんが、一般的に利用される最短経路問題(グラフ上の2点間の最短距離を求めるアルゴリズム)の計算量は、点の数Vの2乗 O(V2)、ダイクストラ法と呼ばれるアルゴリズムを適用しても o(V log V)と言われています。
簡単にいうと、点の数(駅の数)が2倍になると計算量は約4倍に、駅数が3倍になると計算量は9倍になるということです。
実際にはそんなに簡単ではなく、
- 事業者が変わる駅では初乗り運賃がかかる
- 事業者が変わる駅では初乗り運賃がかかるが、乗り継ぎ割引が適用される
- 特定の駅間では運賃が割安になることがある
- Suica定期券の場合、定期券の区間を考慮して最も安い経路を算出する必要がある
などなど、運賃計算のルールは複雑怪奇で、これらをすべて考慮して一瞬で運賃を算出する必要があります。
交通系ICカードのエリアまたぎの問題は運賃通算制
前述のJR東日本~JR東海の東海道本線で、交通系ICカードのエリアまたぎ利用がなかなかできるようにならない理由の一つが、運賃の通算制にあるのではないかと思います。
現在では多くの鉄道事業者で、他社の路線との相互直通運転を実施していますが、運賃計算は次のように「併算制」と呼ばれる方式を採用しています。
- A駅~B駅(事業者X)、B駅~C駅(事業者Y)を通して乗車する場合、
- A駅~B駅の運賃を事業者Xの運賃表に従って算出
- B駅~C駅の運賃を事業者Yの運賃表に従って算出
- 上記の二つを合計した運賃がA駅~C駅の運賃となる
つまり、事業者X、事業者Yのそれぞれの区間で運賃計算をし、それらを合算することになります。そのため、各事業者の初乗り運賃を支払うことになります。
一方で、JR同士の場合、運賃は「通算制」を採用しています。
「通算制」では、事業者の境界をまたいで乗車しても、乗車したキロ数だけをもとに、乗車駅~下車駅の運賃を計算します。
「通算制」は、もともとは全国で一つの国鉄という事業者だったものが、国鉄分割民営化でJR6社に分割されたときに、乗客が不利益を被らないようするために設けられた制度です。
通算制があるおかげで、以下のようなメリットがあります。
- 事業者をまたいでも初乗り運賃を支払うのは1回のみ
- 事業者をまたいでも運賃計算が分割されないため、遠距離逓減制の効果が失われない
初乗り運賃が1回で済むのは短距離の乗車では大きなメリットです。また、長距離の乗車では、遠距離逓減制(乗車距離が長くなると距離あたりの運賃が安くなる)の効果が大きくなります。
JR同士の運賃通算制は実現が困難?
このように、乗客にはメリットが大きい「通算制」ですが、運賃計算は複雑になります。
もし、JR東日本とJR東海の運賃が通算制ではなく併算制だったとすると、JR東日本エリアのA駅から、JR東海エリアのB駅まで、熱海経由で乗車する場合、
- 乗車駅(A駅)から熱海駅までの運賃を、首都圏エリアの運賃表をもとに計算
- 熱海駅から下車駅(B駅)までの運賃を、東海エリアの運賃表をもとに計算
となります。エリアごとに2回の計算が必要ですが、計算1回あたりの計算量はこれまでと変わりません。
一方、通算制の場合には、
- 乗車駅(A駅)から下車駅(B駅)までの運賃を一気に計算する
ということになります。この場合、計算は1回でよいのですが、その計算量は駅数の2乗に比例して大きくなります。
一度の計算で済むほうが楽なのでは?と思いがちですが、計算量は駅数の2乗に比例しますので、単純に各エリアの駅数が同じだったとすると、
- 併算制の計算量はNの2倍(Nの計算が2回)
- 通算制の計算量はNの2乗(Nの2乗の計算が1回)
となります。仮に、N=100(各エリアの駅数が100)だったとすると、
- 併算制の計算量は200
- 通算制の計算量は10000
となってしまいます。
首都圏エリアと仙台エリアのエリアまたぎの課題は大都市近郊区間との兼ね合い?
首都圏エリアでは、JR東日本のSuicaだけでなく、大手私鉄や地下鉄などが採用するPASMOも相互に利用できます。
国土交通省の資料によると、平成25年時点で、首都圏エリアのSuica・PASOMO導入駅は1,851駅もあります。
※下記の国土交通省の資料から、首都圏のSuica・PASOMOエリアの駅だけを合計
仙台エリアのSuica導入駅はそれほど多くなく、JR東日本が101駅、仙台空港鉄道が3駅、それに、上記の資料には含まれていませんが、仙台市地下鉄30駅でも利用できます。
既に1,800駅以上で利用できている首都圏エリアであれば、仙台エリアを含めてもシステム上は何とかなりそうに思います。
首都圏エリアと仙台エリアのエリアまたぎが実現できていないのは、Suicaエリアと大都市近郊区間を一致させるためかもしれません。
もしそうであれば、常磐線沿線だけでもシステム的に何とか実現できるようにしてほしいものです。
定期券ではエリアまたぎの利用が可能になるも、乗り越し時は自動改札を利用できず
JR東日本、JR東海、JR西日本は、在来線及び東海道新幹線で、各社のエリアをまたぐIC定期券を、2021年春から提供開始すると発表しました。
IC定期券でエリアまたぎの利用ができるのであれば、ICカードのチャージを利用するエリアまたぎの乗車も実現できるのでは?と思うかもしれませんが、仕組みが全く異なるために、そうはいきません。
定期券は、乗車駅、下車駅はもちろんのこと、利用できる経路も厳密に決められています。そのため「どの駅で乗車または下車できるか」の情報だけをICカードに記憶させておき、乗車時・下車時に、その駅が定期券で乗車・下車できる駅かを調べるだけでよいのです。つまり、運賃計算は不要です。
一方、チャージでの乗車の場合は、前述の通り、乗車駅~下車駅の運賃計算が必要になります。
実際に、上記のIC定期券のニュースリリースでも、
※各社のICサービスエリアをまたがり、かつ定期券区間外を乗車される場合は、自動改札機を利用できませんので、ご注意ください。
※交通系ICカードのチャージ額を利用し、各社のICサービスエリアをまたがって乗車される場合は、これまでと同様に、自動改札機をご利用いただけませんので、あらかじめ全乗車区間のきっぷをお買い求めください。
(出典)在来線および新幹線におけるIC定期券のサービス向上について[PDF/573KB](JR東日本ニュースリリース 2019年9月20日)
という注意書きがあります。
通常は、定期券区間外を利用すると、出場時に定期券の経路からはみ出た部分の運賃を計算して、チャージ残額から差し引く処理が実施されるのですが、エリアをまたいでIC定期券で乗り越した場合はそれができない、と明記されています。これは、エリアをまたいだ場合の運賃計算が実現できていないためでしょう。
JR同士の交通系ICカードのエリアまたぎの実現には運賃制度の改革が必要
これまで見てきたように、JR同士で交通系ICカードのエリアまたぎ利用を実現しようとすると、運賃の「通算制」という制度が大きなハードルになってくることがわかります。
これを解決するには、交通系ICカードのエリアごと、JR東日本とJR東海の例でいえば、Suicaの首都圏エリアとTOICAエリアの境界駅で、運賃計算をいったん打ち切るような制度を導入する必要がありそうです。
ただ、前述のとおり、運賃の通算制は、初乗り運賃が1回分で済む、遠距離逓減制の効果が得られやすいといった、乗客にとってメリットが多い制度になっています。
乗客へのメリットを維持したまま、エリアごとに運賃計算を打ち切って合算する併算制のような仕組みが必要でしょう。
例えば、
- JR同士でも「併算制」を採用するが、JR境界駅をまたぐ利用では初乗り運賃相当を割り引く
- 遠距離逓減性の効果が大きくなる長距離利用では交通系ICカードの利用は不可とする(あらかじめきっぷを購入する)
ようなことを考える必要がありそうです。
以上、「2020年春に常磐線でSuicaエリア拡大へ! エリアまたぎの利用には高いハードル!」でお届けしました。交通系ICカードの技術は素晴らしいものがありますが、技術的になかなか実現できない部分もあると思われます。技術的(あるいはコスト的)に難しい部分は、乗客に不利にならないように制度を改正して、利便性を向上させるといった検討もしてほしいところです。
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