JR東日本は、水素をエネルギー源とするハイブリッド車両の試験車両を製作し、2021年度から実証実験を実施すると発表しました。いわゆる「燃料電池」を動力とする電車で、将来の実用化を見据えた実験を実施することになります。実用化されるとしたら、どの路線を走るのでしょうか?
JR東日本が「燃料電池」のハイブリッド車両(試験車両 FV-E991系)を製作へ
JR東日本は、いわゆる「燃料電池」を動力とするハイブリッド車両の試験車両を製作し、2021年度に実証実験を実施すると発表しました。
上記ニュースリリースの概要をまとめると、以下の通りです。
- 車両構成: FV-E991系 2両(1M1T) 1編成
- 製作スケジュール: 2021年度内に落成予定
- 実証実験
- 路線: 鶴見線、南武線尻手支線、南武線(尻手~武蔵中原)
- スケジュール: 2021年度に開始(今後調整)
今回の実証実験に向けて、JR東日本は、自治体や各企業と連携するとのことです。
- 神奈川県、横浜市、川崎市と連携し、実証試験に向けた環境整備を実施
- 日本貨物鉄道株式会社、昭和電工株式会社、JR東日本の3社で実証試験に伴う設備整備に関する基本合意を締結(2019年6月3日)
- トヨタ自動車株式会社から技術協力(2018年9月の水素を活用した包括的な業務連携に関する基本合意に基づく)
トヨタといえば、すでに「MIRAI」で、燃料電池車の実用化を果たしています。自動車で培ったノウハウを、電車にも応用していくということでしょう。トヨタとしても、鉄道での燃料電池車両が実用化・普及すれば、水素ステーションなどのインフラの共用化や、車載水素タンクの共通化によるコスト削減など、メリットが大きいと思われます。
燃料電池ハイブリッド車両の仕組み
今回製作される燃料電池を用いたハイブリッド車両「FV-E991系」の仕組みについて、JR東日本のニュースリリースの図を参照しながら見ていきます。
燃料電池は水素と酸素の化学反応で発電
燃料電池は、水素と酸素の化学反応によって発電する電池です。
H2 + O2 -> H2O
という、中学校の理科で習うような簡単な化学反応(水の電気分解の逆の反応)を用いています。
このうち、水素(H2)を車両に搭載された「水素貯蔵ユニット」(水素タンク)に充填しておきます。これが車両としての燃料になります。
一方、酸素(O2)は、空気中にたくさんあるので、車両の外部から空気を取り込んで利用します。
この化学反応の結果、電力が得られるわけですが、排出されるのはH2O、つまり水だけです。ディーゼルカーのように排気ガスを排出せず、無害な水のみを排出するため、クリーンなエネルギーと呼ばれています。
もっとも、水素を製造する段階では、CO2をそれなりに排出していますので、カーボンフットプリントがゼロというわけではありません。
蓄電池も組み合わせたハイブリッドシステムを搭載
今回製作されるFV-E991系は、燃料電池だけでなく、蓄電池(2次電池)を組み合わせたハイブリッドシステムになっています。
(出典)水素をエネルギー源としたハイブリッド車両(燃料電池)試験車両製作と実証試験実施について[PDF/575KB](JR東日本ニュースリリース 2019年6月4日)
燃料電池で発電された電力を用いて主電動機(モーター)を回すのですが、それだけでなく、車両に備え付けられた蓄電池からの電力も合わせて利用するシステムになっています。
蓄電池にはどのように充電するのかというと、
- 回生ブレーキによる電力で充電
- 燃料電池から供給された電力のうち、余った電力で充電
ということになっています。
JR東日本の観光列車でおなじみのディーゼルハイブリッド車両でも、主燃料が燃料電池かディーゼルかの違いはありますが、蓄電池を積んでいて、似たような使い方をしています。
一方、ここ数年で、短距離の非電化路線に投入されつつある「蓄電池電車」は、蓄電池に充電された電力だけで動く車両です。蓄電池を主燃料として利用するため、パンタグラフを介して充電する必要があります。
JR東日本のたいていの非電化路線を走れる航続距離140km!
「FV-E991系」が実証実験を実施するのは、前述のとおり、鶴見線や南武線などとなっています。これらの路線は電化されていますので、本来であれば燃料電池電車は不要です。神奈川県や川崎市と環境整備を推進しているという事情があるのでしょう。
それでは、燃料電池電車が実用化されたら、どの路線を走るのでしょうか?
そのヒントとなりそうなのが、JR東日本のニュースリリースに記載されている「FV-E991系」の主要諸元です。
一充填での航続距離は、約140km(70MPa充填時)とあります。一度、水素ステーションで水素を充填すれば、140kmを走ることができるということです。
JR東日本の主な非電化路線の距離は以下のようになっています。
路線 | 区間 | 距離 |
---|---|---|
五能線 | 東能代~弘前 | 153.5km |
水郡線 | 水戸~郡山 | 142.4km |
只見線 | 会津若松~小出 | 135.2km |
磐越西線 | 会津若松~新潟 | 126.2km |
飯山線 | 長野~越後川口 | 107.5km |
山田線 | 盛岡~宮古 | 102.1km |
陸羽東線 | 小牛田~新庄 | 94.1km |
釜石線 | 釜石~花巻 | 90.2km |
磐越東線 | いわき~郡山 | 85.6km |
小海線 | 小淵沢~小諸 | 78.9km |
北上線 | 北上~横手 | 61.1km |
大湊線 | 野辺地~大湊 | 58.4km |
陸羽西線 | 新庄~酒田 | 55.2km |
※一部電化区間も含む(厳密な路線の区間ではなく、主な列車が運転されている区間・距離を掲載)
車両の仕様としての航続距離が140kmであれば、現実的には100kmくらいまでの路線が対象になるでしょう。そうなると、飯山線、山田線、陸羽東線、釜石線、磐越東線、小海線、北上線あたりが対象になりそうです。
水素ステーションが片側の起点駅にしかない場合には、往復で100km以内、片道50km程度の路線ということで、大湊線や陸羽西線あたりでしょうか。
五能線や水郡線は、FV-E991系で片道を走りきるには距離が長すぎますが、途中駅に水素ステーションを設けたり、区間運転の列車に充当したりする運用は考えられると思います。
一方、30~40km程度までの路線には、すでに実用化されている蓄電池(リチウムイオン電池)を積んだ蓄電池電車の領域です。JR東日本では、烏山線(烏山~宇都宮 32.1km、非電化区間は烏山~宝積寺の20.4km)、男鹿線(秋田~男鹿 39.4km、非電化区間は追分~男鹿の26.4㎞)の2路線に蓄電池電車が投入されています。
実用化されれば非電化路線はほとんど「電車」に?
JR東日本は、秋田・新潟地区の非電化路線を中心に、電気式気動車「GV-E400系」の投入を決めています。2019年度にも投入が始まる予定です。
GV-E400系は、従来の気動車とは仕組みが異なりますが、軽油を燃料とするディーゼルエンジンを積んでいる点では同じです。その意味では「気動車」です。
一方、燃料電池電車が実用化されれば、前述のように、中距離の非電化路線が対象となりそうです。そうなると、
- 短距離の非電化路線 → 蓄電池電車(燃料:リチウムイオン電池)
- 中距離の非電化路線 → 燃料電池電車(燃料:燃料電池)
- 長距離の非電化路線 → 電気式気動車(燃料:軽油)
という使い分けになるのかもしれません。
短距離の蓄電池電車、中距離の燃料電池電車は、電池で走る「電車」ですので、将来的には、非電化路線の多くに「電車」が走ることになるのかもしれません。
自動車で実用化されている以上、電車での実用化も難しくないようには思います。むしろ、燃料電池で走る自動車が普及して、水素インフラが普及するかどうかがカギになりそうです。
以上、「将来の非電化路線の本命!? JR東日本が燃料電池電車の試験車両を製造、実証実験を実施へ」でお届けしました。これから試験車両を製作、2年後に実証実験を実施する計画なので、実用化はまだだいぶ先になりそうですが、ローカル線の風景も変わってくるかもしれませんね。
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